私の癖毛、まだ見ぬ我が子への誓い 

小学校3年生くらいまでは、さらさらストレートではないものの、私の髪は落ち着いていました。小学校高学年になるとくせが出てきました。全体的に膨らんできたのです。少し長かったので、後ろで一つにくくりました。すると、今でいう”おくれ毛”がうねっているのです。うねっているのはまだ耐えられました。ハネているときは最悪でした。10センチくらいの毛束が、くるんと、ひらがなの”し”のようにハネているのです。休み時間に鏡を見ると、こめかみから毛束が”し”の字にはねているのです。あ、左右両方ともなので、右側は”し”で左側は”J”でした。文字でそれを表すと「 J顔し 」でしょうか。今思えば誰も気にしていなかったかもしれませんが、当時の私は鏡を見るたびに泣きたい気持ちになっていました。どうにか抑えようと水をつけたり、(逆効果でした)慣れないアメピンで留めてみたり、ありとあらゆる方法をためしましたが、ダメでした。卒業アルバムの写真を撮ることが憂鬱だったことを覚えています。

中学生になっても髪の癖は相変わらずでした。もしかしたら性格に癖があったからでしょうか。実は母もくせ毛でした。母は25年以上ベリーショートのヘアスタイルを貫いています。そこで私もショートヘアにしました。たくさんの期待をこめて。しかし三日後にはぴょんぴょんです。しかも短いから結ぶこともできない…もう最悪でした。それ以来、たくさんの方法で誤魔化そうとしました。ムースのスタイリング剤をべたべたにつけたこともあります。結ぶ必要がない長さなのに頑張って二つくくりもしました。毎日毎日鏡を見るたびに憂鬱でした。

そのころ、一人、また一人と、友人や隣のクラスの女の子がストレートパーマを当てました。同じような癖毛、いや、私よりもひどい癖毛の友人もいました。私以上に悩んでいたであろう友人が、ある日突然さらさらロングヘアーで学校に来たのです。もう羨ましくてたまりませんでした。でも我が家では、ストレートパーマは高校に入学してから、と決められていました。ちなみにこのルールは今でも納得していません。もし将来自分に子供ができて、その子がくせ毛に悩んでいたら、絶対早くストレートパーマを当てさせてあげたいと誓いました。中学生の時点で将来の我が子とストレートパーマの約束をするくらいストレートパーマに憧れていました。結局、中学校三年間も鏡を見るのが憂鬱な学生生活を送りました。

そして、高校受験の次の日に私は美容院へ行きました。「ストレートパーマをお願いします。」と。美容師さんは、四時間かけて私のバージンヘアにストレートパーをかけてくれました。そしてついに私はさらさらのストレートヘアを手に入れました。心から感動しました。私の髪がまっすぐであることに。「ビフォーアフターのビフォーの写真を残しておけばよかったね」と美容師さんに言われるくらい私の髪は変わったのです。ちなみに高校は合格してました。それよりもさらさらヘアのほうが私には嬉しかったんですけどね。

私はその日から今日までストレートヘアをキープしています。大学生になり、パーマをかけようかとも思ったこともありましたが、このさらさらヘアにわざわざまた癖をつけるなんて…と思い、今に至ります。ストレートパーマを当てるだけで解決する悩みなんて、小さいものだったのかもしれません。ですが、私の小中学校での悩みは髪以外にありませんでした。当時の私の死活問題が、高校生になったからというだけで親に許可をもらったストレートパーマ、見事に解決したのです。これからも私はこのストレートヘアとともに生きていきます。そして将来我が子が癖毛で悩んでいたら、ストレートパーマを勧めます。