坊主頭、スキンヘッドにいつになったら妥協できるのかっ!

私は40代の男性なのですが、20代で前髪のボリュームが少なくなってしまったので、20代後半にして坊主頭へする決断をしました。

髪、髪型なんて帽子と同じなのだから、坊主頭にして帽子をカツラ代わりにして、ヘアスタイルの代わりにおしゃれを楽しめはいいだろという発想に気がついたのです。

しかしながら坊主頭というのはそのままだとあまりカッコ良くはないのでまだ女性にモテたい私としては苦渋の選択でした。

しかしながら、坊主頭ならばバリカンを買えば自宅で好きな時に、好きなだけ短くできるのでお金と時間の短縮になり、自分さえ納得できるというか自分の気持ちに折り合いさえつけばこんなに簡単でいい髪形は無いのですが、さすがに坊主頭のままでは鏡を見ると自分の容姿に自身が持てませんでした。

市川海老蔵はスキンヘッドに近い坊主頭なのにモテるのでそれを心の支えにしてきたのですが、ふと海老蔵がモテるのは顔のいいのもあると思うのですが、あの自信満々な態度と将来人間国宝が確定しているという金銭的な余裕のなせる技がそうさせているのであり、私とは全く立場が違うということに気づいてからまた落ち込んでしまいました。

私の場合、3ミリの坊主頭にして鏡を見ると絶望的なブサイクであり、更にはこれからてっぺん当たりがハゲてきたらスキンヘッドにしてごまかすしかないのですが、それは最終的な手段なのです。

最近、欧米人、白人でもスキンヘッドの人が増えてきていますが、それらの人を見てもカッコイイとは思えず、しかしながらハゲを気にするくらいならば、少ない髪の毛にすがるくらいならばスキンヘッドにすべきであると私の中で結論が出ているのですが、どうしてもスキンヘッドは男としてカッコイイ良くないと私の中で思ってしまっているのでまだふんぎりがつかない状態なのです。

女性でも最近、薄毛の人が増えてきており、男として生まれたのはラッキーと思うべきなのでしょうが(男は坊主頭、スキンヘッドに逃げられる)、男性はいくつになっても女、女性にモテたいと思う生き物なのでどうしても外見のカッコ良さを捨て切れないというのは私自身の心の弱さの表れなのです。

宗教の最終解脱ではないのですけれどもイザとなったらいさぎよくスキンヘッドにして帽子をカツラと見なしておしゃれを楽しむという様な心境になったら人生がとてもラクであると思います。